そのままマネしちゃ駄目!ドラマ“虎に翼”のあの遺言

こんにちは。静岡で相続専門の司法書士事務所をやっている竹下と申します。

今回は巷で話題のドラマ、“虎に翼”について書いております。

マニア目線で見るフィクションの中の小道具

マニアというのは厄介なものでして、自分が興味を持っているものがドラマや映画や漫画に出てくると、ついついじっくり見てしまうのですが、可愛さ余ってなんとやらで、細かいところが気になってしまうのです。

「なんで日本の暴力団がドイツ軍にしか供与されていないライフルを持っているんだ」とか、「アメリカ映画のくせに、全弾撃ち尽くしたセミオートマチック銃のスライドストップが作動していない」とか、「作画の参考にしたであろう東京マルイのあのガスガンと同じ仕様の実銃は流通していないのでは?」とか、本筋とまったく関係ないところが気になってしまうんですよ。

前振りが長いですが、今回のネタは“虎に翼”に出てきた遺言書の内容についてです。

“虎に翼”というのはNHKで現在放送中の朝ドラです。

実在の女性法曹がモデルになっていて、法律関係の仕事をしている人のあいだでも話題になっているそうです。

私は、出かける前に洗濯物を干していたらアニメ「映像研には手を出すな」の浅草氏の声が聞こえる!と気が付いたのがこのドラマを見始めたきっかけだったのですが、それ以来見逃さないようにリアタイ視聴だけでなく、ばっちり録画もしています。

そんな“虎に翼”で、主人公:佐田寅子が結婚を考えていた恋人、星航一と事実婚をするために遺言を書く展開がありました。

「事実婚なら遺言は必須だよなー、分かってるじゃん」という謎の上から目線で感心していたのですが、ここでマニアの悪い癖。

うっかり一時停止してまじまじと内容を確認してしまうんですねー。

「ふーん・・・、こっ、これは・・・・・・ダメじゃん」

いや、ドラマの小道具としてはいいんですけどね、この遺言書でも。

ただ、世の中には同じような境遇の方も大勢いらっしゃって、そういった方たちが「そうか、こういう遺言を書けばいいんだ」なんてことになったらアカンわけですよ。

司法書士をやっていますと、いろんな遺言書が持ち込まれ、「これで相続登記をしてください」というご依頼をいただいたりするのですが、残念ながら使えないケースが結構あるんです。

遺言マニアとしては、そういった不幸なケースを少しでも減らしたく、これはブログで書かねば!という使命感からこの記事を書いております。

遺言書には遺言者の住所を必ず書こう!

「言いたいことは分かるけど使えない遺言書」というのは結構ありまして、そのなかでも残念としか言いようがないのが、遺言者の住所が書いていない遺言なのです。

なんでこういうミスが出るかというと、法律上、自筆の遺言書で必要とされているのは名前と日付と押印と、自筆で書くことだけなんですね。

なので、相続事件をあまり扱っておられない方だと、法律専門職ですら、うっかりと相談者に住所のない遺言を書かせちゃったりするんです。

金融機関によっては、OKにしてくれるところもありましたが、法務局は粘ってみたけれど無理でした。

同姓同名の人との区別がつかないというのが理由なのですが、確かにおっしゃる通りです。

今回ドラマに登場した遺言書も、見事に日付と氏名しか書いてないんです。

ドラマは実在の住所を書くと迷惑がかかるかもという配慮が働いたのかもしれませんが、架空の住所かNHKの住所でも書いとけばすむでしょうから、影響力の大きい朝ドラには、そうしておいてほしかったです。

住所の記載がない遺言書は、本ッ当ォ~に使えない(少なくとも相続登記では絶対)のでご注意を。

余談ですが、以前にも自筆証書遺言のことを扱っていたニュース番組で、画面に映っていた遺言書のひな形には住所の記載がありませんでした。

そのうち別の記事で書くかもしれませんが、新聞記事を参考にして作成された自筆の遺言書のせいでひどい目にあった相続人から相談を受けた経験のある私としては、どうしても専門家に頼りたくない方が遺言作成の参考にするのならテレビとか新聞ではなく、せめて専門の書籍にしといたほうがよいと思います。

「間違ってはいないが足りていない」ドラマに出てきた遺言書の問題点

遺言書の全体が映されていないのではっきりとは分かりませんが、どうやら航一は事実上の妻である寅子に3分の1、自分の子である朋一とのどか、寅子の娘である優未に対して各9分の2の割合で財産を渡すことになっているようです。

一方、寅子は事実上の夫である航一に3分の1、義姉である花江に3分の1、朋一、のどか、優未に各9分の1の割合で財産を渡すことになってるように読めます。

住所の件は別として、この遺言には内容的に二つの問題点があります。

一つ目は、「お互いに自分が先に死んだ場合のことしか想定していない」という点です。

この内容で先に航一が死亡した場合、寅子が航一の全財産の3分の1、朋一、のどか、優未は各9分の2ずつの割合で財産を取得します。

その後寅子が死亡した場合、花江は寅子の全財産(航一からの受贈分を含む)の3分の1、朋一、のどか、優未が各9分の1ずつを取得しますが、航一が取得するはずだった3分の1は、寅子の唯一の相続人である優未が取得することになります。

逆に、先に寅子が死亡した場合、航一は寅子の全財産の3分の1、花江も3分の1、朋一、のどか、優未は各9分の1ずつを取得します。

その後航一が死亡した場合、航一の財産(寅子からの受贈分を含む)から、まずは朋一、のどか、優未が各9分の2ずつの割合で財産を取得し、寅子が取得するはずだった3分の1は、朋一とのどかが遺産分割協議をして分けることになります。

そうなったら、朋一とのどかは、おそらく半分ずつで分けるでしょう。

仮に航一と寅子の財産の額が同じ程度で、最初の相続の発生後、次の相続まで財産の額に変化がなかったと仮定すると、相続人らは最終的に航一と寅子、二人分の資産を次のような割合で取得することになります。

航一が先に死亡した場合

朋一  18.5%

のどか 18.5%

優未  40.7%

花江  22.2%

寅子が先に死亡した場合

朋一  31.4%

のどか 31.4%

優未  20.3%

花江  16.6%

いかがでしょうか?

航一が先に死亡した場合、朋一とのどかが二度の相続で取得する財産は、花江よりも少なく、優未の半分以下です。

寅子が先に死亡すると、優未の取得する財産は航一が先に死亡した場合の半分になります。

結構な違いが生じていますよね。

現実に私が関わった事件でも、子どものいない夫婦が立て続けに亡くなり、先に亡くなった方の親族が、「死亡のタイミングが数か月違っただけでもらえる遺産に差が出すぎるのは納得いかない」といってトラブルになったケースがありました。

夫婦のどちらが先に死亡するかという完全なる不確定要素だけで、受け取る遺産に大きな差が生じてしまうというのは問題があります。

公証役場では予備的遺言とか予備的条項などと呼ばれていますが、相続させたり遺贈したりする相手が遺言者より先に死亡した場合には、宙に浮いてしまう財産をどうするのか記載しておくことがトラブルを回避するためには必要です。

二つ目は、「不動産について書かれていない」という点です。

劇中では航一の父親である星長官は亡くなっていますが、状況的にはおそらく航一が星長官の不動産を相続している可能性が高いでしょう。

そうなると、この遺言では、航一の実子である朋一とのどかが、寅子や優未と不動産を共有することになってしまいますが、その状態はあまり好ましくなさそうですよね(20240902追記:けっきょく劇中ではすぐに和解しましたが)。

どの子もまだ学生なので、将来どうなるかはハッキリしていないかもしれません。

ただ、そうであっても遺言というのは「書いた直後に相続が発生したとしても困らないようにする」というところを目指すべきです。

ですから、せめて寅子・優未グループと朋一・のどかグループが共有になる事態は回避できるよう配慮すべきといえます。

では、航一がまだ不動産を取得しておらず、将来的に継母である百合から取得する見込みである場合にはどうでしょう。

その場合には、「遺言者が相続開始時に下記不動産を取得していた場合には、○○に遺贈する(もしくは相続させる)」としておけばよいのです。

こっから先は本当に重箱の隅のお話

ドラマ的にはオッケーなので、この先の話は蛇足かもしれませんが、参考までに。

そもそも、遺言書というのは遺言者が死亡したときに効力を生じるものです。

また、「誰それが事実上の配偶者である」ということを宣言することに、法的な意味はありません(劇中では生活費の負担云々の記載もありましたが、死亡後には無意味ですよね)。

劇中では二人が親族の前で書いてましたから、法的効力よりも親族を安心させるためという意味合いが強かったのでしょう。

なので、自筆で作成する分にはご自由にどうぞの世界なのですが、公正証書で作成する場合、公証人によっては「誰それを事実上の夫であることを~」とか、生活費の負担について遺言本文に記載することについては難色を示されることもあるでしょう。

そういった場合には、付言で書くようにするなど工夫してみてください。

まとめ

ずいぶん長くなりましたが、今回の話をまとめると、こんな感じでしょうか。

・遺言書には遺言者の住所も書こう

・自分が先に死んだ場合だけでなく、パートナーが先に死亡した場合も想定しよう

・不動産の扱いを明確にしよう

・公正証書にするときは、法的な拘束力のない事柄は付言で書くのもアリ

フィクションの世界に現実の話を持ち出すのは野暮かとも思ったのですが、そのまんま真似しちゃう人がいると大変だな、ということでご容赦を。

“虎に翼”の残り話数も少なくなってきましたが、これから先、どんな展開が待っているのかネタバレ(史実)を見ないようにして楽しみたいと思います。

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