嫌いな人に財産を渡したくないという動機の落とし穴
遺言書を書こうというきっかけは人それぞれです。
コロナ禍では、有名芸能人の訃報が報じられた後に、一時的に遺言書作成の相談が増えたことがあります。
筆者も数百件の遺言書作成に携わってきましたが、世話になった相続人に多く渡したいという動機による遺言がある一方で、仲が悪い相続人に財産を渡したくないという動機に基づいた遺言も一定数あります。
ところが、世話になった相手に少し多く渡したいという遺言と比べ、嫌いな相手に渡したくないという遺言は極端な内容になりがちです。
内容を考える前に司法書士や弁護士に相談してくれていればよいのですが、怒りに任せてご自分で作成された遺言書は、かえって他の相続人に迷惑をかけてしまうことがあるのです。
遺留分を考慮しないのは危険
嫌いな相続人がいる場合、やってしまいがちなのが、嫌いな相続人に一切の財産が渡らないという内容の遺言を書いてしまうことです。
このような遺言書の何が問題になるかというと、相続人の遺留分を侵害してしまう可能性があるということです。
遺留分というのは、遺言の内容にかかわらず取得できる、相続人にのみ最低限認められる権利のことで、法定相続分の2分の1(親のみが相続人の場合、3分の1)と定められています。
遺留分が認められるのは配偶者、子ども、親のみであるため、相続人がきょうだいや甥姪だけであれば、遺留分を考慮する必要はありません。
ですが、遺留分を侵害してしまっている場合、多く貰いすぎてしまった相続人は、侵害された相続人に対して、「現金で一括して」補填をする必要が生じてしまうのです。
遺産が現金のみであれば遺産から支払えば済むので問題にはなりませんが、遺産に占める不動産の割合が多いと、相続した現金より多くの現金を遺留分侵害額として支払わなければならなくなるケースもあるのです。
ですから、遺言書を作成する際には、遺留分に配慮した内容としなければなりません。
あるご家族における遺言の失敗
田中さん(仮名)夫婦には長女、長男、二女という三人の子どもがいました。
長女と二女は県外へ嫁いでいったため、年老いた田中さん夫婦の面倒は、隣の市に住む長男が見てくれていました。
ところが、長女と二女は田中さんにお金を無心するとき以外は実家に近づこうともしませんでした。
そこで、田中さんは自分の財産をすべて長男に相続させる内容の遺言を書きました。
問題が発生したのは、田中さんが亡くなった後のことでした。
長男が田中さんの遺産を確認してみたところ、不動産の評価が2000万円、預貯金が400万円ほどだったのです。
長女と二女は長男に遺留分を請求したため、長男がそれぞれに対して支払わなければならない遺留分の侵害額は遺産総額2400万円の6分の1にあたる400万円でした。
実家の不動産は固定資産の評価上は2000万円でしたが、山間にあるため不便なうえ、お隣さんの土地を通らないと道路に出られないため、売れても二束三文の土地でした。
結局、長男は自分の貯えから遺留分を支払い、手元に残ったのは価値の低い不動産だけでした。
下手に遺言を書いてしまったせいで、かえって長男に迷惑がかかる結果となってしまったのです。
まとめ
今回は、相続人間で受け取る遺産に差をつける場合には、遺留分に配慮する必要があることをご紹介しました。
・配偶者、子(孫)、親(祖父母)には遺留分がある
・遺留分は現金で請求されてしまう
・「すべての財産を○○に相続させる」という遺言は危険
遺言書の内容によっては、厚遇したかった相手にとって酷な結果となってしまうおそれがありますので、作成の際には専門家に相談することをお勧めします(法務局も公証役場も細かなアドバイスまではしてくれません)。
当事務所でも遺言に関する相談を受け付けておりますので、お気軽にご相談ください。